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2015年7月

2015/07/22

最中

サロンNで最中を食った。
「もなか」あるいは「モナカ」などと表記してはならない。「最中」なのだ。
手に取ると,白餡が皮から大きくはみ出していて,おおっ,という具合に,これでもか,と存在を誇示している。しかも餡の水分が少なく,どっしりとした風情で,かかってきなさい,の風格すら漂わせている。最中は餡を食べるものであって,皮は手を汚さないためだけのもの,というコンセプトがきっちりと貫かれているのだ。
そういえば,チーズを乗せるクラッカーは無味無臭でチーズの味と香りをじゃましないのがいい。和と洋の智恵がクロスするあたりに,最中とチーズの食文化的な意味を位置付けることができるのだ。ただし,ワインなどというアルコールの手助けを必要とするチーズとは異なり,最中は緑茶というノンアルコールのソフトドリンクとマリアージュする。健康的な食品というあたりでは最中に軍配が上がる。そうなのだ。チーズが妖しい夜の食い物なら,最中は明るい太陽の下でいただく食い物である。
それ故に,あーん,と言ったら色っぽいが,本日の最中の白餡は,そういう軟弱さをみじんも感じさせなかった。食いたければ食え,といったみごとな潔さがあったのだ。その証拠に甘さは控えめ。甘みで豆の味をごまかす,などいう姑息なまねはしない。豆を食え,という作り手の挑戦的な心根がきっちりと伝わってくる。しかも,豆はこうして食うのが美味い,という作り手の一本気で無骨な自負心がそこかしこにほとばしっている。
実にいい仕事である。
いいものを食った。
ありがとう,サロンN。

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2015/07/21

爆竹

野菜ピザだったっけ。
柔らかく焼いた薄いビザ生地の上に,うそっ,みたいに山盛りの野菜をのっけたピザが,やたらと美味い。
今宵のアフター事務所会議会食は,珍しくバレリーナSとかよんよんとか歩くウィキペディアのお母さんとかが欠席したのだ。
でも,ワインはフルボトル2本までは覚えている。それからも飲んだみたいだ。
いつものように話題の中心は滋子姫で,フレッシュMが従い,その様子を長老Hとか俺とかが優しく見守る,という麗しいシチュエーションでオリーブの時が過ぎていった。
いつの間にか今年も半分が終わり,世間が騒然としているなかで,わたしの周囲はそれに輪をかけたようにたくさんの爆竹が騒々しく破裂している。

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2015/07/20

変色した千円札

なんということだ。
昨夜は完全にアルコールなし。バッカスの神々の忠実なしもべを演じていた昨今であるが,昨夜は裏切った。しかも早く寝て,途中,一度も目覚めることなく,長時間の熟睡の果てに目覚めたのだ。早朝の目覚めが気持ちいい。
空模様を確認しながら素早く散歩をして,音楽を聴き,HULUの動画を次々に観て,活字に目を通した。イチローが復活している。Under the domeの新しいSeasonが配信されている。安倍内閣がけしからん。
淀んだ世界の問題を解決するには,健康的な世界と行きつ戻りつでないと,淀みに沈み込んでしまうのだ。
夕暮れ時の散歩のとき,何気にズボンの後ろポケットに手を入れたら,まとめて折りたたんだ5枚の千円札を発見。廃棄前のズボンで,穿いたのは久しぶりだった。5枚の千円札はすっかり変色してごわごわだった。きっと何年か前に入れたまま,いくたびかの洗濯に耐えて,今か今かと発見されるのを待っていたのだ。
時がフリーズする。
「歴史」というものを感じる感動的な瞬間であった。
小さな幸せが嬉しい。
めでたいので,今宵は,少しだけ酒を飲んだ。

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